2010年1月26日火曜日

解体工事進む

戦前の大会堂の玄関部分の礎石、この上に1947年の小礼拝堂が建っていた。



1947年に建てられた会堂も1951年に建てられた会堂も、先週中にすっかり解体されました。私が「教案誌」の用で教会に出かけた今日の午後には、桜の樹も伐採されて姿を消していました。広い空が開けています。

2010年1月12日火曜日

2010年1月12日 工事の安全を祈る


工事着工を前に工事関係者、設計士、教会員が出席して、工事の安全を祈るとき。
讃美歌191
古い会堂の解体をしてくださる会社の方、建築設計士、建築を担当する清水建設の方々、教会員が牧師の祈りに心あわせ、工事の安全を祈りました。(聖書箇所はコリントの信徒への手紙一 3:9-11
―わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。 わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。 イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません。―
 ドイツの暦話から3人の石切の話をもちいて語られました)

2010年1月11日月曜日

2009年クリスマス礼拝



現会堂最後のクリスマス礼拝のあとの写真
クリスマス礼拝は134名出席でした。

1947年の会堂
















北西角から望む
戦後すぐ1947年に建てられた小礼拝堂(赤い屋根)、1951年に礼拝堂、そのあと次々に増築されてきた。



北側道路から望む・金城学院中学向い側
新会堂は、中京教会と看板があるあたりに正面入り口ができ、西側に礼拝堂が出来る。


小礼拝堂背面から
(戦前の大会堂の玄関の基礎の上に戦後すぐに建てられたという)

教会正面の風景





教会正面
から、右側(南)は牧師館
左側に教会文庫に用いられた教会学校の部屋などがあった。
ケン君のバスケットゴールも

2010年1月9日土曜日

1951年に建てられた前の会堂 


2009年11月アドヴェントの季節に撮影
十字架と桜の木は会堂と共にあった。
日本基督教団中京教会、付近の地図